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そういう時期だから

まことしやかに囁いてよアレを

安い女の宴は姦しい 

女女女。


洗濯物を干しながら、食器を洗いながら、
穏やかに自戒する・・・

女を安売りしてはならない。


さて安売りとは



IMG_7133_R.jpg



わたしは性の問題に関して、
女だからどうとか、男だからどうとか、
そういう文脈で語りたいわけではない。

女性的であるとはどういうことか、男性的であるとはどういうことか、
自らの構成要素を分解してみたいだけなのだ。

よって私が語りたいのはトランスジェンダー論ではない



女であることを気にかけている時点でそのへんの女以上に女だし、
抵抗すればするほど重力に足をとられることはそろそろわかってきている。


だから、女について考えることは、
女として生きるということと真摯に向き合うための営みなのである・・・
うんぬん。まごうことなきうんぬん。


ただもし男に生まれていれば、
「男として生きるということと真摯に向き合う」なんてそんなこときっと考えないよね。笑
フシギだあ。


京芸生は8割が女の子なわけだけど、たぶんそのうちの7割くらいはジェンダーに対して何らかの問題意識を抱えていると思われる。(適当)

ゲイジュツをするということは、アイデンティティを問い直し続けるという側面があると思うのだけど
女性のアイデンティティの中に女という性が占める部分が大きいのか・・・


つまるところ


女は、人間である以前に女なのかもしれない

男は、男である以前に人間なのかもしれない



イヤーンものすごく誤解を生みそうな言い回しイヤーン!


女性は、常に定義されることを求めている。
自分がどこに存在していて、相手に対してどういう存在なのか、確かめ続けることに対して余念がない。

これに関してはあちこちで幾度と無く書いてきたのでまたそのうち




IMG_7146_R.jpg




さて、自分が男でないことが悔しく枕をずぶずぶに濡らした思春期は終わり、
スナックで働いてみて、自分が女であることをひとつの価値として認め始めたわけですが、
受け入れることと開き直ることは似て非なるわけだけれども、

あゝ自戒・・・。


もし、女であることを憎むならば、
それと同等かもしくはそれ以上に、女であることに救われているはずだとおもう


安売りするというのは、女であることに溺れることを意味する。
存在価値とかそういうところに重心を置いてしまうと、そいつに足を取られる。
思考停止。
なにかがみえなくなる



大事なのはきっとそういうことじゃないんよな・・・。



自らの価値を誇示しようと躍起になること自体が、
自らの価値を貶めているということを
淡々と自覚すべきである。


優しさとはなにか。

それは、だれのためにあるものか。




改めて、姿勢を正す次第であります。



やらかくいこか~



飽きたのでおわる
特筆すべきことは、サタデーナイトフィーバーが意外としょっぱい映画だったことくらいか・・・。
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