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そういう時期だから

まことしやかに囁いてよアレを

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宗教つまみぐい日記(食レポ) 


IMG_9134.jpg


ひとは何を信じるのか、とゆーことについて。
 
K からはじまる3つの宗教施設にいってきました。
特定の宗教を批判するものではありません。(念のため)
 
 

 
京大の知識人のサロン?的なやつに何度か行っているのだけど、
なんか全体的に独特の息苦しさというか、
ある場所で感じたのは風通しの悪さというか。
 
登壇者(権威ある人)の発言に対して、
自分の疑問だったり提案だったりそういう発言があまり響かない感じ。
そこまで的はずれなことをいっているわけではないと思っていて、(自分では・・・ね)
なぜだろう、挙動のせいか、話し方のせいか、ポクポクポク、ちーん、あ、棒に当たった。
 
説得力がないからかぁ。
 
「わたし、こう思うんですけど!」っていうのをいくら重ねた所で、
ただの感想とゆーか、その場しのぎの自己顕示にしかならない。
 
ひとが何を信頼するのかというと、根拠。これに尽きる。
根拠、圧倒的な正しさ。
それととても近いところに、権威、がある。
権威、圧倒的な声の大きさ。
 
とくに京大で研究とかしてる人たちなんかはなおさら、根拠と権威を重視してる感じがする。
たぶん、根拠のないことに時間を使っているほど暇じゃないんじゃないかなぁ。
 
 
木を彫る上でも、説得力のある形、を意識してみる。
根拠。量感、歴史・・・
 
 

 
 
 
日曜礼拝にいった。

合唱、唱和、共鳴。
空気が振動して鼓膜がふるえる。からだがふるえる。
大きなものの一部になる感覚は、享楽的だった。
一体感、存在の仮託。
 
日々起こった「良いこと」を報告するとともに、
神さまと、神さまにいっしょに祈ったひとたちに感謝していて、良いなあ、と思った。
「良かったことを話す」機会って、日常会話で意外と少ない。
下手すると自慢になってしまって、鼻につくし。こころが豊かになるなあ。
 
あと、とても、正しいことを言っていた。
くらくらした。
正しいことは、正しすぎてまぶしい。
目が眩む。
 くらくら。
 
コミュニティ、共生、個人的な救い主
生きるよろこび。
なまあたたかい場所だった。
 
言うまでもなく、聖書は圧倒的な「根拠」だなぁ。
 
 
 

 
 
ひょっこり二時間ほど時間が空いたので、
一等地にとってもご趣味のよろしい宮殿を構えていらっしゃる某科学施設にお邪魔してみた。
 
そしたらすっげーカジュアルに入会してしまった。笑
(チェックボックスにNIKEのマーク書くだけ、あと若干の個人情報)
  
とても穏やかでなまあたたかい人達でした。
満ち足りた顔してらっしゃって。
若い人も結構いてて、アットホームな感じが意外でした。
 
3階の礼拝室で入会して、
帰ろうと1階に降りたら皆さんから口々に「おめでとうございます!!」と言われ。
いやぁ~はっはっは。(目そらし)
  
支部長さんともお話しました。
(信者のひとに「支部長と話すと人生変わるよ!」って言われた)
私(の守護霊)をひと目見るなり、わりと私の核心部分に触れてきたからびっくりしたなー。
まぁ、ちょっと勉強すれば誰でもできることなんだと思うんですが。
 
んで、「私、神道が好きなんですけど、大丈夫ですか?」って聞いたんですが、
「うん、大丈夫!神道も入ってるよ!」と支部長。
「え?」
「全部入ってるから!」
と言って、本棚の前に案内される。
 
見れば、ずらっと並んだ300冊余りの本の著者は「全部」O川R法先生。
「伊邪那美命の霊言」「イエス・キリストの霊言」「マホメットの霊言」どっひぇー!!!
要は、O川さんのフィルターを通して古今東西老若男女ありとあらゆる人の哲学を説いているのであります。
フロイト先生とかマルクス先生とかがインタビュー形式で喋ってて、普通のおっさんで、だいぶ面白かった。笑
 
まぁ、あれですよ・・・
 
僭越ながら憚らずツッコませていただくと・・・




全部二次情報やないかーい!!!



(やないかーい!!!)


(いかーい!!!)

(ーい!!!)



っていう・・・(照)
 

いやね、言ってることは大概間違っちゃいないんですよね。
O川さんはたぶん相当けっこうかなり頭の良い人です。
霊言以外の本も、ビジネス哲学とか、経営哲学によるものが多く、
普通に為になる部分もありそう。
ま、二次情報なんですけどね~(下手したら3次情報かも)
 

それってこの話に限らなくて、
自己啓発とか、名言集とか、岡本太郎の本とか、
まぁ、めちゃくちゃ正しいこと言ってんだけど、
それで得られる人生哲学って、けっきょくは全部、二次情報なんよな。
 
自分の経験(一次情報)と照らしあわせながら読まないと
ただの鵜やからなー。



んでまぁぱっと見はそんなに危なくなさそうな感じだったんですが、
明らか変なところもたくさんあって、常識の範囲内ならアレ?って思うようなことなんですが、
それ以上の「説得力」に圧倒されて、くらくら、違和感の位置が盲点になっていく。
「ちょっとの違和感」がだんだん「大きな声」とか「場の空気」によってかき消されていくんだろうなぁ・・・。
それは、こういう場所に限らないことで、実は京大のサロンでも感じたことでした。


でも面白かったので、また遊びに行こうと思ってます。
基本的には「勉強する」っていうスタンスの宗教なので、
(談話室ではみんながO川さんのハードカバー本を片手に持っている。)
勉強さしてもらいに行こうかと。

一銭も出したくないですけど。笑








(後日談)

嵐山モンキーパークいわたやまに行った。
超絶最高だった。

なんというか、風通しが良かった。

人生に迷ったらみんなここに来ればいいと思った。笑


権威とか根拠とか、関係なく、サルはただ生きてるだけだ。
寝て食ってぼーっとして毛づくろいしてるだけだ(マジで)


閉塞感のある場所は苦手だなぁと思う。わたしはね。



ま、いいと思うんですよ、幸せなら。
自分にとっての正しさ、を見つけることができて、それに没頭できることをたぶん幸せと呼ぶ。


 
わたしもせいぜい幸せに生きよう~~っと。

一次情報による、自分なりの、根拠を、
説得力を、培って、りっぱな大人になりたいものですな。
お?まとまったか?まとまったのか??!??!?

おあとがよろしいようで~。
ほんじゃまララバイ。でゅわ~。
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