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そういう時期だから

まことしやかに囁いてよアレを

「『理解する』ということについて、私達がいかに理解していないか」の考察 


わたしたちが人に対して「わからずや!!」と言いたくなる時、
相手はきっと「わかってない」んじゃなくて、「自分とは違う理解の仕方をしている」のだと思います。
 
だから、自分のことをわかってほしいなら、
相手がどういう理解の仕方をする(どんな文脈を持っている)人なのかを把握しないと、
不毛な議論や対話、ならまだしも、喧嘩や戦争が勃発してしまいます。

「ちゃんとお話」できないという事態は
語彙を共有できてない(共通言語を確立できてない)から起こることで、
同じ日本語を使ってるように見えても、それは同じ言語ではありません。
 
っていう話に関する考察です。



きょうは、パソコンで絵を描く時に使う「レイヤー」という考え方をつかって分解していきます。



レイヤーとは、イメージを分解するセロファンのようなものです。

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たとえば一枚の絵を、分解するとこうなります。

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このセロファンは地層のようになっていて、上にある層が優先的に表示されます。
透明度などを操作することで、下の層が透けて見えるようにすることもできたり。
層の上下は自由に入れ替えることができます。
 
しかし、完成した絵を人に見せるとき、
相手に見えるのはすべてのレイヤーを統合した「表層」のみです。

逆にいうと、表層に見えている「イメージ」は無数に分解することができるということです。
 
 

これって、言葉に適応することができるのではないでしょうか・・・?

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わたしたちがオシャベリする際につかうことばはすべて、
レイヤー統合した後のさくらちゃんの絵のようなものです。
その中には、無数のレイヤーが折り重なっています。

一枚の絵を見るとき、「表情がいいね!」とか「線がいいね!」とか、「色がいいね!」とか、「構図がいいね!」とか、
知らず知らずのうちにレイヤーを分解して、選択していたりしませんか?
それと同じで、ひとつの言葉を受け取るときにも、無意識のうちに、レイヤーを選択しているんじゃないかなぁ、と私は考えたのです。

意識は常に、欲望に従って、「見たいものを見る」「聞きたいことを聞く」ようにできています。
自分にとって都合の良い情報を受け取るためです。
これは決して悪いことではなく、むしろ生きるために必要なことです。

  
上の図で、「日本」というイメージをレイヤー分解していますが、
「地域活性化」を課題意識に活動している人は、そのレイヤーに立って発言します。
「教育」界隈で活動している人は、そのレイヤー上で言葉を理解します。
(この場合、レイヤーの上下と優劣は関係ありません)

つまり、受け取ったことばをどのレイヤーにおいて理解するか、によって、
そのひとの生き様、そのひとの使う言語、そのひとの所属する界隈、が決まるのです。


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ここで重要なのが、違うレイヤー同士での議論は成り立たない、ということです。
それは、「見ている景色が違う」からです。
y軸(縦軸)が同じで、同じ日本語、同じ単語を使っているように見えても、
選択しているレイヤーが微妙に違うのです。

同じ分野においても、「研究者」と「活動家」では意見が食い違ったり、
同じ「日本を良くしたい」と思っているはずのオジサンたちが喧嘩したりするのはこのためだと思います。


でも実際には、違う分野の人達が話しあったり、協働したりしていろんな事が成り立っています。
そのとき何が起こっているかというと、新たなレイヤー、「共通言語」を獲得しているのです。

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共通言語というのは、「お金がほしい」とか単純なことでもいいと思います。
要は両者が「同じ景色を見れる」ように、土俵を整えることです。
目的意識を揃えること。

上の図では、絵を描くときの地層的(二次元的)なレイヤー概念は一旦忘れてもらって、
グラフを書くときの次元平面を想像して欲しいです。(y軸とかx軸とかz軸とか)
一緒に何かをつくる、ということは、平面どうしをつなげる新たな平面を生み出すことです。
立体的思考。



芝居で言う台本、という考え方もできますね。


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「相手のことを理解するとき」には必ずこのレイヤー選択が起こっているということを考えて、
共通言語をととのえることに邁進してみると、
ちょっとだけ世界が優しくなるかもしれません。


うん、可視化するとスッキリ。ふぅーー
なんかこう、あれよ。わし、少しずつ世界を優しくしていきたい。のです。
なーんてな!なーんてな!(脇汗)
だからね上の方にいるおじさん達、不毛な喧嘩はやめてくれーーー。

 
というわけで、国会でファシグラする、のがわたしの夢なんです。fromこないだ。



レイヤー(視点)をたくさん持っている方が得、という見方もあるかもしれませんね。
レイヤー間を自由に行き来したり、
あるレイヤーにあるレイヤーをかざして見たり、
自在に扱うことができれば、色んな立場の人と色んな面白いことができるんだろうなぁ。
 



とりあえず今日の所はここまで!!!!!
理解できなければ是非きいてください、お話しましょう。(語彙をすりあわせましょう)



久しぶりにすんげー真面目に書いたから毛穴が詰まったわ。
いやはやおっぱいおっぱい。
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