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そういう時期だから

まことしやかに囁いてよアレを

しめりけとねばりけの彼方に 

現在、本当に全然まったくこんなことを書いてる場合ではないのだけど、書くよ。
 
キーボードの隙間に言葉が吸い込まれていくことは、
わたしにとってとても心地が良いことです。
 
ことばの限界、臨界点が、熱くて、なめらかで、それを連ねることで点が線になって、
木でできたどこまでも続く手すりのようで、
そこをずうっと触れながら、私はそぞろ歩き、ゆっくりと呼吸する。
 
温泉に浸かるよりも味噌汁を啜るよりも二度寝するよりも、きもちがよい。
絵を描くよりも人と喋るよりも粘土をこねるよりも充足感がある。
その欲望は、尿意すら凌ぐ。(現に、さっきからものすごくトイレに行きたいのを我慢してこれを打っている。)

キーボードのかろやかな質感も好き。
わたしはキーボードを打っている時間が一番、好きだ。(2016年5月16日1:30現在)


 
「やりたいこと」よりも、「結果的にやり続けていること」のほうが重要だという仮説を採用するならば、
私にとってのそれはコレなのであります。
ものごとは、「継続的な営み」にまで昇華されてはじめて価値を持つものだと思う。

ま、自分にとっての価値でしかないけどね、
コンテンツとしての価値を担保できるかどうかはまったく別の話。

え?コンテンツとして価値がないと意味が無い??
おいおい落ち着けって。
茶でも飲めよ。



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「自分を正しく評価してくれる人」と関わっていくことは、重要だと思った。

正しい評価、というのは、とても難しいことなのだけど、
前回ちらっと書いた、「現象を現象としてとらえる」というのに近いな。


わたしを必要以上に低く評価する人と一緒にいると、わたしが萎縮していくように思う。
(その低評価はしばしば、嫉妬や相手自身の悩みに起因する。あと情報不足)
 
わたしを必要以上に高く評価する人もまた危険で、それもまた萎縮を生み出す。
(その高評価はしばしば、執着や依存に起因する。あと情報不足)


じゃあ必要ってなんなのよって、そりゃあもう身の丈、身の丈で。
前回も書いたけど、ドライに関わりたい。
このドライさっていうのは、クールさ?冷たさ?距離感?とは全然違う。そういうことじゃない。
乾いているからどう、とかじゃなくて。単純にパーセンテージで、湿度が低い、ただそれだけのこと。
(↑わかってくれる人が少なすぎて苛々してる文体)
 
私の求める「やさしさ」は、そこにあるような気がしている。
自我はもちろん必要、だけど、自我に溺れちゃイヤン
エゴとエゴのシーソーゲーム、均衡をとりつづけて?

「自分の存在の自覚」の為だけに、他人を利用することは、なんだか、いじきたない。
と、便宜上、思うことにしておく。(2016年5月16日1:53現在)







「私の主観において、あなたはこういう人だと感じています」といわれることは、
それを言われるだけでかなり、その人に対して好感を持ってしまうような気がするな。

まー別に何気ない、「肉ソンって、◯◯な時、◯◯だよね」みたいなことなんだけど、
これって相当、その人のことしっかり見てないと言えないですよ。

だいたいみんな、自分の輪郭が一番見えないから、
ひとから「君ってこんな人だよね」って言われるってすんごい有力な輪郭だし
だいたいみんな、自分のことでいっぱいいっぱいだから、
相手が自分のことをちゃんと見てくれてるってだけで
すごく心を動かされるように思う。

言われるとすごい嬉しいよそりゃあ確かに。
しかし、言われるのを待ってるだけではなにも進まない。
言って欲しいなら、どんどん言っていかなきゃ、と、思ったよこないだ。
そのために、ちゃんと相手のことを見ている必要がある。
ちゃんと相手のことを見ることができる。

それができたら、もっと豊かに、ひとと関わっていけるようなそんな気がする、
ま、自然にやってる人からしたらアタリマエのことなんだけどね。


だいたいの日本人は「人見知り」だと思っといたほうが、どうやら生きやすいみたいよ。
いや、ほんと、自称人見知り多すぎだからww(かく言うわたしも)
みんな人怖いんだよ結局。
何考えてんのかわかんないのって怖いじゃない。
だから率先して、自分が、「何考えてるのか」伝えていかないと。


好きな人にはちゃんと好きだと言いたいし、
好きな人から好かれたいじゃないですか。
「好き」という感情が、一方的なものではなく、ちゃんと、それが自分から伸びて相手につながってないと、いけない。
や、まー、いけないこともないんだけど。

わたしのそれは、いつも、相手とつながってない、だから、人とうまく関われない。
好感が、自分と相手をつなぐ糸になんないと。

なんないと・・・
人の間には生きれないよなー。

わたしはやっぱり、人間になりたいので。(2016年5月16日2:05現在)






もらえるもんは全部もろとこ。
でも、求めたら終わり、その時点でOUTだ、GAME OVERだ。
 
あげれるもんは全部あげますよ。
でも、求められるもんをあげられるとは限りましぇーん。



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あぁあああぁ・・・もぉ・・・・・・世界美しすぎか????????????
みんな・・・愛してるよぉ~~~~~(泣)


↑すごくドライな感想




あ~~~~~~・・・めちゃくちゃトイレ行きたい・・・。

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「効率悪き哉、人生」 


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忘れものをして取りに帰った。

宝塚での約束を終え、梅田での約束に向かう予定であったのが、
必要なものを忘れた。
本来であれば14時には梅田に着いて、
諸々したいことがあったのだけど、
一旦家に帰って15時半。710円。
再び梅田に着いて17時。610円。
3時間、1320円のロス。

いやーあ、別になんのことはない。
その時間をお金で買ったと思えばいい。
喫茶店で三時間作業するために1320円つかうのも、
カラオケのフリータイムで1320円つかうのも、
なんら変わらんだよ。

そのぶんだけ質の良い時間を過ごせれば、
1320円の価値について考えずに使う3時間よりもよっぽど有意義かもしれない。
と思いながら本を読んだり考え事をしたり。
 
 
つべこべつべこべつべこべつべ。


 
と、いう風に、
わたしはクソ真面目で凝り固まった人間なので、
消費した資源に対して「元を取ろう」とする。
 
失われたものに執着するのではなく、
ただなんとなく折り合いをつけたいだけ・・・という執着。笑


しかしまあ、結局はとても効率が悪いことをしているのだけど。

いくら屁理屈をこねようとも同じことで、
失われた可能性に対してはベストを尽くすことしかできない。
最善に尽きる。







「悪い」とか「ネガティブ」とか「不幸」とか、
そういうことばについてまわる感情的なイメージをもっと排除できればいいのに。
 
ただの座標上の点だってば!!!!!!!!

正があればそれに対応する負の点が在るだけ。
しかし、「マイナス」にも「負」にも良くないイメージがついて回る。
邪魔だなぁ。ンンン・・・    ちゃうねん・・・。
 

良し悪しを「判断」するための言葉ではなく、
単純に現象を「とらえる」ための言葉として使いたいのに。

 
とらえた言葉を相手に伝えようとした時、絶対に「判断」が挟まってしまう。
 
ああ、めんどうくさいな。



そういうのってなんだかウェットだと思う。
ことばが湿り気を帯びる感じ?
個人的な感情が絡まってくると、湿る。

いや、ウェットっていうことばも、別に。
じめじめとかそういうマイナスイメージとかじゃなくって、
ほんとに湿度だけの話。
色とか無い。寒色とかじゃない。ただただウェット。






最近のわたしは、自分が女に生まれたことを、「効率が悪い」と表現していた。
 
いやね・・あんまり向いてないと思うの・・・。

思想も、ことばも、行動も、
どこかウェットな、
湿り気を帯びている。

化粧も、オシャレも、友情も、
いちいちなんだか、ウェットだよ。

女の肉体から発せられる言葉も、
自動的に、いちいちウェットなトーンを帯びる。
ちがう~~~そういう事がいいたいんじゃないのに。

もっとドライに、現象を、現象として・・・さぁ。
自己主張も自己顕示もいらない・・・そこは・・目的じゃない・・・・・・






でもなんかそういうのを性別のせいにするのって甘えやなぁと、思ったのである。

男だってウェットなやつはいるしなぁ。
女でもドライなやつはいる。

もし自分が男だとして、かっこよくなかったら普通に嫌だろうし。
もし自分が男だったら、美しい女性になりたいと思ったかもしれない。

女に生まれた自分には、美しくなれるであろう余白がある。
その余白を埋める努力もせず、表面上の図柄ばかり羨んで何になるというのか・・・

まだ荒れ地だけど、いくらでも耕せる土壌はある。
その土を耕す努力もせず、隣の芝ばかり羨んで以下略・・・







べつに性別とかしょうみどっちでもよくってさ、

釈然として、
好きなものに対して正直に、
軽やかに、
クリアに世界を認識して、
やさしい男性に、
うつくしい女性に、

なりたいだけなのである。



ドライに。

現象を現象として。

ドライに化粧する。
ドライに着たい服を着る。
ドライに大事な人を大事にする。


と、思ったら、なんかできそうな気がしてきた。な。




女に生まれてしまったのは、確かに、「効率の悪いこと」だったかもしれない。

忘れものをしたせいで宙ぶらりんになった時間。

失われたものに執着するのではなく、
ただなんとなく折り合いをつけたいだけ・・・という執着?笑




忘れること、と、思い出すこと、について最近はよく考えている。
自分が自分であることも、常に当たり前にあることではなくて、
ただ思い出し続けているなのだけかもしれない。
そう思ったら、ずっと、宙ぶらりんな時間を埋め続けているだけなのかも。



消費した資源に対して「元を取ろう」とするだけ、それだけか。


ベストを尽くすしか無いね。

と思ったら急に、最善な日々の訪れ。



いやぁ~~スッキリですわ。
こころ天日干し~~。






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私はあの人にはなれないからなー。
参考にするところは参考にして、ある程度のとこで割り切ることも大事。
憧れと羨望は分けていこ。
その都度きっちりポジショニングしていこ~



アァサヒィ・・・ッスゥパァドゥッルァァ~~~~イ。
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