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そういう時期だから

まことしやかに囁いてよアレを

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夏に至る病 

ファイル_000 (1)



最近つつじが好きになってきた。
幼少期よりこの間までは、あのべったりとした色彩といい、どこにでもいる凡庸さといい、
誤解を恐れずに超平たく言うと「バカっぽい感じ」がしてあんまり好きじゃなかった。








他人というのはえてして無意思に映るものだ。

バイトであちこちに派遣されると、
たまにすっごい「無意思そうな大学生」みたいなのを目撃してドキドキすることがある。
だ、大丈夫だろうか!!!!!!!!!!!みたいな・・・
いや、別に心配しているとかではないんだけど、い、いいのかな・・・??みたいな・・・
だけど、じっくり話をきいていると、
彼らには彼らの考えがあって、彼らの感性がある。
当たり前だけど・・・忘れがち。

凡て、非凡である。


小学生の頃、遠足や校外学習などで、他校の小学生の集団を見た時。
彼らはやけに不気味な存在に映ったものだった。

なぜだか不可解で攻撃的で無意思に見えた、彼らの中にも、
「しっかりもの」とか「いじられキャラ」とか「スポーツ得意な子」とか、
わたしたちのがっこうにあるそれと相似形の「役割」がそれぞれにあり、
「彼らの社会」が、わたしのあずかり知らないところで運営されているのだと思うと、
子供心に妙な気持ちになったことを思い出す。


「大衆はバカ」という言説は
頭のかしこい方々がもっともらしくまことしやかに、声高に囁いているが、
果たして大衆とは・・・・・・・・・・・・・?????????







いや、つつじ(躑躅)の語源やばすぎるやろ。
http://gogen-allguide.com/tu/tsutsuji.html



白いつつじの、雨に濡れて悦ぶ姿がよき。

なんともいえないまだらな花の付き方もよいね。




ファイル_002_R



なんだろう・・・最近、
世の中の有象無象がえらく緩慢にみえる・・・。

これはおそらく、世の「ストーリーライン」のようなものから自分自身が「脱線」してそのまま浮遊しているからなのかもしれない。

たとえば芸大でおべんきょうしていた頃は、常に「制作をするのが正義だ」というストーリーラインがあった。
また、「普通じゃない方が良しとされる」というストーリーラインもあった。
しかしいざ離れてみると、芸大で良しとされていたそういう価値基準、及び「正義」は、
ひどく遠い世界の出来事に思える。

芸大の内部というのは、いわば「個性的」がインフレを起こしているような状態である。
中にいた時から、「これは界隈の出来事なのだ」と感じていたが、離れてみるとやはりそれは如実であった。
(もちろんそれは「全体の空気」の話であって、個人個人の性質とは関係ない)

他の界隈や広義の界隈(若者たち)でもそれは同じで、
「東京に行くのは偉い」「留学するのは偉い」「メディアに出るのは偉い」
とか、なんかそういうストーリーラインがなんとなく空気として存在している。

いや、別にストーリーライン自体が悪いとかではないんだけど!(重要)

批判すべきは、ストーリーラインをなぞること自体が目的となってしまう現象であり、
界隈における正義が達成されなかった時に漂う暗黙の断罪やそれによって起こる劣等感などである。





緩慢、というのが意味としてあってるのか微妙なところだけど、
今のところ緩慢という語彙がしっくり来る・・・

おそらく、暗黙のストーリーラインに関して、
10だけ聞けば分かる話を向こうが1から10まで全部話してくれる、というのと同じ類の
緩慢さを感じているのかもしれない。

「芸大って、個性的な人が多そうだね!」
と無邪気に言われると、わたしは目と耳と鼻から血が出そうになる。
ああ・・・1から10まですべて話さないといけないのだろうか・・・・・・・・?
その先の圧縮された時間、及びこれまでの圧縮された考えと瞬時に同期し、ゆっくりと時が流れる・・・。
(そして私は貝のように沈黙する・・・・・・・。)







文学研究科博士課程の友人が、
「博士論文以下の文章はもう読みたくない」というようなことを常々言っていて、
最初は「はぇー・・・」と思ったけれど、
最近ちょっとなるほどなぁと思うようになってきた。
 
その分野を選び取り、「プロとして」考えている人たちにとって、
さんざん考え尽くしてきたようなことを、ぽっと出の浅い言葉で語られても、
沈黙以外の回答がなくなってしまうのだ。

議論の俎上。

アカデミズムの俎上において、個人的な印象を一般化することには注意が必要である。
ただ単に所感や印象を並べるだけなら、「せやな」で終わってしまう。

それが抽象的なことであれ具体的なことであれ、
なにかを証明しようと思ったら、緻密に緻密にその中身を刻んでいく必要がある。
そういうプロセスを踏んできた、また日常的に踏み続けている人たちにとって、
わたしの挙動は緩慢に見えるのかもしれない。


http://mukujarakeeee.blog.fc2.com/blog-entry-17.html
あの時に感じた風通しの悪さのようなものの正体が、ちょっと腑に落ちた気がする。
きっと、所感の脆弱さという問題にはとっくの昔にぶち当たったような人たちだったのだろう。





さて、わたしのやりたいことというのは「証明」なのだろうか・・・



考えるのはたのしい。
所感は無数にある。やりたいことも。

もっと明朗に紡ぎたい。

明瞭で朗らかでドライなことばを・・・


今はまだ、不鮮明で輪郭があやふや、
浅瀬でぴちゃぴちゃと飛沫を飛ばしているような。



ファイル_000 (133)


A.京都府立図書館の中庭




ブログを毎日書こうと思ったけど綺麗に3日で終わっててズコー
時間がかかるので「ブログ書いてる暇があったら・・・」という問題が(深刻)
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閾値の生き死に 

なんだっけ、んーと、そう、あれだ。ステレオグラム。立体視。

1024px-Asiatic_hybrid_lilium_stereogram_flipped.jpg

焦点を合わせずにぼやかして、
画像と自分の位置関係を少しずつずらしていくことで、
見えてたはずのものが見えなくなって、
見えないはずのものが見える。という錯視の一種。

盲点を使った遊びもよくあるよね、
ある図に焦点を合わせながら画像を少しずつずらしていくと、
ある一点でその図が見えなくなる、みたいなやつ。


視覚って結構ガバガバなシステムで、
それに頼り切ってる人間というのもまた、ガバガバな生き物なのだ。
(断言しちゃったよこの人は)



少しずつ少しずつずれていって、
ある一点で急に見えなくなる。
もしくは、急に見えるようになる。

そう、そこに、名前が付けられる。



アーなんかしんどいな・・・

風邪かな?コホッ

熱はかろ・・・

【37.0℃】

風邪やん!!!!!ゲホゲホォ!薬のも




オカンの破れたストッキングで遊ぶのが好きだった幼少期の俺

ガタンゴトン・・・あ、あの人のストッキング破れてる・・・ドキドキ・・・なんだろうこの気持ちは?

俺、破れストッキングフェチなのかも・・・?

バリバリィ (ズキュゥゥゥン)

俺、破れストッキングフェチだわ!!!

「破れ ストッキング フェチ」で検索

こんな世界があったのか・・・!(界隈との出会い)

ストッキングを破くだけのフェチビデオをひたすら集めはじめる






そこが認識の閾値だ。
(もっと良い例があったでしょうに)


恋も、生死も、そこがたまたま認識の閾値というだけで、
0と1のあいだにあるグラデーションは、
無数の宇宙空間であり、
ゆるやかにずれていくだけ。

そのグラデーションを詩的に記述するかどうかで、
君がアーティストなのかそうでないのかが決まる。







思考にもブームがあって、
どうやらそいつが堆積して沈殿して思想になるようなのだけど、
最近のマイブームは「ずれ」と「重力」だそうです。

ひとや、物事は、急に変わったりしません。
少しずつ少しずつ、重力に従ったり逆らったりしている内に、ずれていくだけです。

そして、閾値に、
ことばが、
システムが。

ずこーん。ああっ、強いっ。






ぜんぜん関係ないけどこの女の人、
他にもたくさん動画を上げてるんですけど
端々に執拗さが感じられてとても良いです。
 
こどものおもちゃを、ことごとく本来の使いみちから外してるのが、陵辱って感じがしてたまりません。


ららばーい。
乾燥 | -- trackback |  0 comment

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政治と恋と宗教に寄せて 

冬ですね!サラリーマンがコートを羽織る季節になりました。
スーツにコート、好きなんで、うれしいです。
スーツにリュック姿は好きじゃないです(個人の感想です。)

ぱりっとスーツ着るだけで「良さ」があるから男の人はずるいですね。
女の人のスーツ姿はあんまり好きじゃないです(個人の感想です。)




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最近は専ら、2017年のすごしかたについて考えているのですが、
もう、何につけてもわくわくしています。

にくそん卒業したらどうすんの?と会う人会う人に聞かれまくり、
言を重ねるごとに色濃くなってきたのでここらでひとつ、
明文化して整理しておくことにします。




えと、具体的なところからいきますと、
受験生になります。

お勉強しながら働いて100万貯金して、どっかの大学院に参ります。
生物学か宗教学か数理論理学か政治学か、、
要は、抽象的なところから具体的なところまで、
ひろく『組織の構造』について知りたいのだと思います。


大学生などというものは、
お金を払って教育サービスを受けているだけの社会的弱者に過ぎませんので、
安易に「モラトリアム」で片付けるのはやめたほうが身のためだなぁ、という考えにこの間至りました。
学ばない大学生は、井の中の蛙どころか、池の中の鯉みたいなものだなと。
蛙はいいよ、まだ、上に行こうとするエネルギーがあるから。


いまの私は小さな蛙なので、ただただもうひたすらに勉強したい!!!!!!!ハァハァ
それだけでごわす。

どこの大学っていうのは、春には照準を定めるつもりですが、
とりあえず気の合う師匠のいるところに行けたらいいなぁと・・・。
アカデミック界隈は権威の世界であるというような印象があるので、
ジャンルにこだわらない好奇心旺盛でやわらかい大人のひとと一緒にすごせたらいいな…。



▼抽象度+20%


やりたいことの軸足を定めるならば、おそらく、
ひとの『どーしよーもなさ』、に興味があるのだと思いました。

人の、間違うこと。重力に負けること。思い込み。
それを記述する文法は様々に、様々なレイヤーに存在しています。
それらをひとつひとつ噛み砕いて、『翻訳』していきたいのだと、思います。


り、李徴っ・・・My sweet soul human.


んで、その文法たちを、最終的には『界隈論』のようなもので体系化できたらと思っていて、
宗教に限らず、あらゆるコミュニティ(界隈)に存在する力学を、
わたしのことばで記述できたらと思っています。
それはひょっとしたら、スケッチかもしれないし、演劇の台本かもしれないし、木彫かもしれないし、似顔絵かもしれません。
(とりあえず、喋るのが得意ではないということだけははっきりしました。)





▼抽象度+40%


来年は、何かに追われる毎日ではなく、何かを追いかける毎日にしたいと思っています。


いままで、どれだけの事を自分で選んできたんだろう?
意外と、知らず知らずのうちに、選ばされていることは多い。
手近にある選択肢をさわって、選んだような気になっていることも多い。

京都芸大に来たのは、彫刻専攻に来たのは、
選んだことなのか?選ばされたことなのか?

粘土をこねる。
これは作っている形なのか、作らされている形なのか?

おそらく、どちらでもある。

環境や空気の影響もあるが、
過去の自分が私にそうさせた、という言い方もできるだろう。
選ばされたことには、追われてしまう。


重要なのは、その時その時で、その選択に対して「納得」できているかどうか。


その確かさが、一手の精彩を決めるのである。




2016年は、もう、追われ続けていた・・・。
そしてなんとも精彩に欠ける一年であり、
自信、について考え続ける一年でした。
自信。自分への信仰。



信じる、ということの背後になにがあるのか・・・知りたくてたまりません。



知ることは、うれしい。たのしい。ありがたい。



名前に「知」という字を入れてくれた親に感謝極まりない限りです。




▼抽象度+247%

   @  @
◎,◯///゜+<<◯゜●◎◯
   .◯C◯◯O◯CC
     {[[[{{{[[{[[[[[{
  ◯ O◯  C





▼具体度+307%


とりあえず卒制がんばります。

前々からやりたいこととして言っていた、
国会ファシグラと、宗教つまみ食い企画が今すこし形が見えつつあるので固めてまいりますね。



さて・・・どこに住もうかしら~



乾燥 | -- trackback |  0 comment

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しめりけとねばりけの彼方に 

現在、本当に全然まったくこんなことを書いてる場合ではないのだけど、書くよ。
 
キーボードの隙間に言葉が吸い込まれていくことは、
わたしにとってとても心地が良いことです。
 
ことばの限界、臨界点が、熱くて、なめらかで、それを連ねることで点が線になって、
木でできたどこまでも続く手すりのようで、
そこをずうっと触れながら、私はそぞろ歩き、ゆっくりと呼吸する。
 
温泉に浸かるよりも味噌汁を啜るよりも二度寝するよりも、きもちがよい。
絵を描くよりも人と喋るよりも粘土をこねるよりも充足感がある。
その欲望は、尿意すら凌ぐ。(現に、さっきからものすごくトイレに行きたいのを我慢してこれを打っている。)

キーボードのかろやかな質感も好き。
わたしはキーボードを打っている時間が一番、好きだ。(2016年5月16日1:30現在)


 
「やりたいこと」よりも、「結果的にやり続けていること」のほうが重要だという仮説を採用するならば、
私にとってのそれはコレなのであります。
ものごとは、「継続的な営み」にまで昇華されてはじめて価値を持つものだと思う。

ま、自分にとっての価値でしかないけどね、
コンテンツとしての価値を担保できるかどうかはまったく別の話。

え?コンテンツとして価値がないと意味が無い??
おいおい落ち着けって。
茶でも飲めよ。



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「自分を正しく評価してくれる人」と関わっていくことは、重要だと思った。

正しい評価、というのは、とても難しいことなのだけど、
前回ちらっと書いた、「現象を現象としてとらえる」というのに近いな。


わたしを必要以上に低く評価する人と一緒にいると、わたしが萎縮していくように思う。
(その低評価はしばしば、嫉妬や相手自身の悩みに起因する。あと情報不足)
 
わたしを必要以上に高く評価する人もまた危険で、それもまた萎縮を生み出す。
(その高評価はしばしば、執着や依存に起因する。あと情報不足)


じゃあ必要ってなんなのよって、そりゃあもう身の丈、身の丈で。
前回も書いたけど、ドライに関わりたい。
このドライさっていうのは、クールさ?冷たさ?距離感?とは全然違う。そういうことじゃない。
乾いているからどう、とかじゃなくて。単純にパーセンテージで、湿度が低い、ただそれだけのこと。
(↑わかってくれる人が少なすぎて苛々してる文体)
 
私の求める「やさしさ」は、そこにあるような気がしている。
自我はもちろん必要、だけど、自我に溺れちゃイヤン
エゴとエゴのシーソーゲーム、均衡をとりつづけて?

「自分の存在の自覚」の為だけに、他人を利用することは、なんだか、いじきたない。
と、便宜上、思うことにしておく。(2016年5月16日1:53現在)







「私の主観において、あなたはこういう人だと感じています」といわれることは、
それを言われるだけでかなり、その人に対して好感を持ってしまうような気がするな。

まー別に何気ない、「肉ソンって、◯◯な時、◯◯だよね」みたいなことなんだけど、
これって相当、その人のことしっかり見てないと言えないですよ。

だいたいみんな、自分の輪郭が一番見えないから、
ひとから「君ってこんな人だよね」って言われるってすんごい有力な輪郭だし
だいたいみんな、自分のことでいっぱいいっぱいだから、
相手が自分のことをちゃんと見てくれてるってだけで
すごく心を動かされるように思う。

言われるとすごい嬉しいよそりゃあ確かに。
しかし、言われるのを待ってるだけではなにも進まない。
言って欲しいなら、どんどん言っていかなきゃ、と、思ったよこないだ。
そのために、ちゃんと相手のことを見ている必要がある。
ちゃんと相手のことを見ることができる。

それができたら、もっと豊かに、ひとと関わっていけるようなそんな気がする、
ま、自然にやってる人からしたらアタリマエのことなんだけどね。


だいたいの日本人は「人見知り」だと思っといたほうが、どうやら生きやすいみたいよ。
いや、ほんと、自称人見知り多すぎだからww(かく言うわたしも)
みんな人怖いんだよ結局。
何考えてんのかわかんないのって怖いじゃない。
だから率先して、自分が、「何考えてるのか」伝えていかないと。


好きな人にはちゃんと好きだと言いたいし、
好きな人から好かれたいじゃないですか。
「好き」という感情が、一方的なものではなく、ちゃんと、それが自分から伸びて相手につながってないと、いけない。
や、まー、いけないこともないんだけど。

わたしのそれは、いつも、相手とつながってない、だから、人とうまく関われない。
好感が、自分と相手をつなぐ糸になんないと。

なんないと・・・
人の間には生きれないよなー。

わたしはやっぱり、人間になりたいので。(2016年5月16日2:05現在)






もらえるもんは全部もろとこ。
でも、求めたら終わり、その時点でOUTだ、GAME OVERだ。
 
あげれるもんは全部あげますよ。
でも、求められるもんをあげられるとは限りましぇーん。



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あぁあああぁ・・・もぉ・・・・・・世界美しすぎか????????????
みんな・・・愛してるよぉ~~~~~(泣)


↑すごくドライな感想




あ~~~~~~・・・めちゃくちゃトイレ行きたい・・・。

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「効率悪き哉、人生」 


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忘れものをして取りに帰った。

宝塚での約束を終え、梅田での約束に向かう予定であったのが、
必要なものを忘れた。
本来であれば14時には梅田に着いて、
諸々したいことがあったのだけど、
一旦家に帰って15時半。710円。
再び梅田に着いて17時。610円。
3時間、1320円のロス。

いやーあ、別になんのことはない。
その時間をお金で買ったと思えばいい。
喫茶店で三時間作業するために1320円つかうのも、
カラオケのフリータイムで1320円つかうのも、
なんら変わらんだよ。

そのぶんだけ質の良い時間を過ごせれば、
1320円の価値について考えずに使う3時間よりもよっぽど有意義かもしれない。
と思いながら本を読んだり考え事をしたり。
 
 
つべこべつべこべつべこべつべ。


 
と、いう風に、
わたしはクソ真面目で凝り固まった人間なので、
消費した資源に対して「元を取ろう」とする。
 
失われたものに執着するのではなく、
ただなんとなく折り合いをつけたいだけ・・・という執着。笑


しかしまあ、結局はとても効率が悪いことをしているのだけど。

いくら屁理屈をこねようとも同じことで、
失われた可能性に対してはベストを尽くすことしかできない。
最善に尽きる。







「悪い」とか「ネガティブ」とか「不幸」とか、
そういうことばについてまわる感情的なイメージをもっと排除できればいいのに。
 
ただの座標上の点だってば!!!!!!!!

正があればそれに対応する負の点が在るだけ。
しかし、「マイナス」にも「負」にも良くないイメージがついて回る。
邪魔だなぁ。ンンン・・・    ちゃうねん・・・。
 

良し悪しを「判断」するための言葉ではなく、
単純に現象を「とらえる」ための言葉として使いたいのに。

 
とらえた言葉を相手に伝えようとした時、絶対に「判断」が挟まってしまう。
 
ああ、めんどうくさいな。



そういうのってなんだかウェットだと思う。
ことばが湿り気を帯びる感じ?
個人的な感情が絡まってくると、湿る。

いや、ウェットっていうことばも、別に。
じめじめとかそういうマイナスイメージとかじゃなくって、
ほんとに湿度だけの話。
色とか無い。寒色とかじゃない。ただただウェット。






最近のわたしは、自分が女に生まれたことを、「効率が悪い」と表現していた。
 
いやね・・あんまり向いてないと思うの・・・。

思想も、ことばも、行動も、
どこかウェットな、
湿り気を帯びている。

化粧も、オシャレも、友情も、
いちいちなんだか、ウェットだよ。

女の肉体から発せられる言葉も、
自動的に、いちいちウェットなトーンを帯びる。
ちがう~~~そういう事がいいたいんじゃないのに。

もっとドライに、現象を、現象として・・・さぁ。
自己主張も自己顕示もいらない・・・そこは・・目的じゃない・・・・・・






でもなんかそういうのを性別のせいにするのって甘えやなぁと、思ったのである。

男だってウェットなやつはいるしなぁ。
女でもドライなやつはいる。

もし自分が男だとして、かっこよくなかったら普通に嫌だろうし。
もし自分が男だったら、美しい女性になりたいと思ったかもしれない。

女に生まれた自分には、美しくなれるであろう余白がある。
その余白を埋める努力もせず、表面上の図柄ばかり羨んで何になるというのか・・・

まだ荒れ地だけど、いくらでも耕せる土壌はある。
その土を耕す努力もせず、隣の芝ばかり羨んで以下略・・・







べつに性別とかしょうみどっちでもよくってさ、

釈然として、
好きなものに対して正直に、
軽やかに、
クリアに世界を認識して、
やさしい男性に、
うつくしい女性に、

なりたいだけなのである。



ドライに。

現象を現象として。

ドライに化粧する。
ドライに着たい服を着る。
ドライに大事な人を大事にする。


と、思ったら、なんかできそうな気がしてきた。な。




女に生まれてしまったのは、確かに、「効率の悪いこと」だったかもしれない。

忘れものをしたせいで宙ぶらりんになった時間。

失われたものに執着するのではなく、
ただなんとなく折り合いをつけたいだけ・・・という執着?笑




忘れること、と、思い出すこと、について最近はよく考えている。
自分が自分であることも、常に当たり前にあることではなくて、
ただ思い出し続けているなのだけかもしれない。
そう思ったら、ずっと、宙ぶらりんな時間を埋め続けているだけなのかも。



消費した資源に対して「元を取ろう」とするだけ、それだけか。


ベストを尽くすしか無いね。

と思ったら急に、最善な日々の訪れ。



いやぁ~~スッキリですわ。
こころ天日干し~~。






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私はあの人にはなれないからなー。
参考にするところは参考にして、ある程度のとこで割り切ることも大事。
憧れと羨望は分けていこ。
その都度きっちりポジショニングしていこ~



アァサヒィ・・・ッスゥパァドゥッルァァ~~~~イ。
乾燥 | -- trackback |  0 comment

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